カンガルー島サイクリング完了、そしてパースへ

「オーストラリアをちるじろうと走ってみたい」とはるばる日本からアデレードにやってきたクレイ○ィな友人Kと、
「サイクリング&キャンプの旅を経験してみたい」と、タスマニアの農場が同じだった台湾人のS。

いつもの一人旅はつかの間の休憩、
うっかり3人でのサイクリング旅行となって、
ここ10日間ほどカンガルー島を走り回ってきた。

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カンガルー島(以下K島)は南オーストラリア州の南に浮かぶ外周250キロの島で、
コアラやカンガルーをはじめ、ハリモグラやアザラシもみれて、
ビーチあり森林あり広大な牧草地帯ありの、
なんとも”オーストラリアのいいとこを凝縮した島”と呼べそうな場所だ。

サイクリングの場としてもK島は最高だった。
おおむねフラットな道で、
キャンプサイトやバッパーが島内に適度に散在するから計画もしやすい。
一日平均60キロ×6日で無理なく走り抜けることができた。

さて、こういうサイクリング情報はまた別にまとめるとして、
日本からやってきた友人Kとの会話で面白い話があったので紹介したい。
「水」に関する、ちょっとした意識の差の話だ。

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1日目はビーチ沿いの有料のキャンプ場に泊まる予定だったから、
水道水(飲み水)があるかどうかをK島に入ってすぐに観光案内所で確認をした。
「もちろんあるわ」、
と女性スタッフは自信ありげに返事をくれたのだけど、そのあとに
「rain water(雨水)をためたタンクがあるから、それ飲んでいいわよ」
とさらっと付け加えたのが発端だった。

日本から直接やってきた上、海外の水道水は避けてボトル売りの水を飲むつもりで来ていた友人Kはそれを聞いてかなり驚いた様子だった。
そこで気が付いたのだ。もしかして、オーストラリアで一般的に言う「雨水」と、日本で言う「雨水」 ―――これはもしかしてまったく別物なんじゃないか、と。

日本的な感覚では「雨水」は、何が入ってるかわかったもんじゃない飲めない水であり、地域によっては極端に表現すれば”汚水”ですらある。
対してオーストラリアでは、水道水なんかよりも妙な処理がされていない分雨水=「100パーセントピュアな天然水」。天から降ってくる水が一番きれい、という認識はおそらく大都市を除いてAUS共通で、特にタスマニアの山間部で顕著だった。

そもそも「雨水が飲める!」、そんなことで驚くこと自体悲しいことかもしれない。
個人的には、その地域の雨水を体に取り込む、
というのはそこの自然に属するうえでの大事な動作だ。
できるなら、今後はそれができる国や地域で生きてきたい――そんな意見もかたちにできて、とても有意義な気づきだった。

(友人K!!カンガルー島サイクリング一周ありがとう!)

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さて、3月26日より2か月かけパースへ向かう旅が始まった。
ビザは残り8か月。
いけるか、シドニー!!?

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WWOOFふたたび ~アボガドファーム~

アデレードの日本人宿「シンゴ’ズ・バックパッカーズ」に先日再び投宿。
でろんでろんの2日酔いの頭を抱えて、
2度目のWWOOF(ウーフ。≒ファームステイ)を終えて街に戻ってきた。

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実はここ10日間ほど、アデレード南部30キロほどの丘の上にあるアボガド・ファームに滞在していた。
毎日5時間働くと、宿と食事とビールとビールとビールがもらえるファームで、まさに天国のような環境だった。(笑)

これまでアボガドの木すら見たことがなかった自分にとって、
この10日間はまさに”人生初体験づくし”と言っていい。

400本のアボカドの木が植わり、
オレンジのように4-5mの高さの木のあちこちになっているアボガドを、手や網でもぎ取っていく。それらを仕分けして冷蔵の倉庫に保管し、週末に地域のファーマーズ・マーケットで売りさばく―――これが一週間の流れだった。

敷地の大半は、羊が放牧されている以外まったく未開のまま。コアラやカンガルーが毎日のように遊びにきて、絶滅危惧種であるはずの大型のオウム(yelow-tailed bkack cockatoo)も群れをなしてギャアギャアと飛び交っていく。

そして他に旅人が2人いて、どちらもドイツ人の若い女性で、どちらも目玉が飛び出るような美人という・・なんとも誰もがうらやむような環境ですごしていたのだった。(笑)

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WWOOFで何より面白いのは、そこのオーナーと知り合えることだ。
このアボガドファームのオーナーはグレンという男だった。

長年にわたってカンタス航空で働いていたグレンは、ある日まったく畑違いのアボガドファームを土地ごと買い取り、悠々自適な生活を始めたんだという。

辞めた理由は、”他にやりたいことがいくらでもあったから”。

その言葉通り、グレンの活動範囲は相当に広い。
アボガドの知識・腕前はもちろんのこと、
養蜂・牧畜も独学でこなし、
最近はパートタイムでカンタス航空で再び働き始めたという。
趣味はラグビー(自称セミプロ級)、モーターバイク、ダイビング、キャンピング、海外旅行。

酒の知識も豊富で、自宅1Fにワインセラーとバーまで(!!)持っている。
自分がファームを去る際のフェアウェルパーティーは何とも盛大で、
その自宅にある酒という酒を片っ端から飲まされてしまった。
(→で、翌日二日酔い、と・・汗) 

まったくこういう類の人間は、多趣味で何でも”大マジ”の一生懸命。
しかしだからこそしっかりと結果も残していく。
そんな生き方は見ているだけでも面白く、その生活を手伝うとさらに面白い。

グレンは52歳のくせしてとにかく若く、いつでも夢を語っていた。
こうありたい、こうしていきたい、こんなことをやってみたい、と・・。

いい生き方をしている人間と出会えた、そんな気がする。
それだけでも、この国を旅する意味はあるもんだ。
「さて、では自分はどう生きていこう」
こういう問いが頻発する生活。これはとてもつもなく面白い。

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ユーモアあふれるバーでの返事

そのバーは金曜の夕方とあって田舎の割になかなか混雑していた。

カウンターにつき、最初に目のあったガタイのいいニイチャンにビールを注文する。銘柄はいくつかあるが、クーパーズを選んだ。
クーパーズってのは南オーストラリアのビールで、当地にいるからだろうか、これがやたらとうまいのだ。

サーバーの注ぎ口からビールが溢れ大ジョッキに注がれてゆく。
備え付けのテレビは騒がしい店内に負けじとラグビーリーグの結果を伝え、仕事帰りの男どもはそれを見て何かわめくように話している。

「調子はどうだい、メイト(友人)よ」
カウンターのニイチャンは俺からお金を受け取るとそう聞いてきた。
こっちの男は初対面の男にでも「メイト」という言葉を気軽に使う。
「悪くないね。ありがとう。」
ついでに、自分は自転車でオーストラリアを周ってるんだ、と付け加える。オーストラリアはアウトドア天国だ、たいていの男はこう言うと目を輝かして、面白い、そりゃすげぇ、だの言って一気に打ち解けることができる。

ところがこのバーのニイチャンは一味違った。
茶目っ気たっぷりの目をして、そいつはこう言ったのだ。

「そりゃなんてバカなアイデアなんだい!!(that’s a silly idea!!)」

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仮にも店員と客の間柄で、しかも初対面の男に対してそりゃ言っちゃいかんでしょう!? ・・と日本的な感覚ならそう思うところだけど、こういう鋭いユーモアをバシっと返してくれるのがオーストラリア流、ということらしい。

ちょっと前にも似たようなことがあった。
セルフのガソスタで野営に使う燃料ボトルにガソリンを入れて、コンビニのようなショップが併設されたレジに持っていったときだ。燃料ボトルを店員に見せて「これにガソリン入れたから。いくらだい?」と聞くと、
若い店員は嬉々としてこう言うのだった。

「それ、飲むんだよねぇ?(笑)」

・・面白い人たちである。

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ビールを受け取ると、
バーのニイチャンにはこう返した。

「ほんと、俺もそう思うね..!!」(極めて本心(笑))

お互いhahaha!!、と笑うと、それぞれ仲間のもとに戻っていった。

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本気でやらなきゃ意味がない

あれは一ヵ月も前のことだったか。

自転車で海沿いを旅していたころ、ある町の図書館に立ち寄った。
大きな町に着いたらいつもしていることだった。図書館を探して涼しく快適な空間で机を前に一息つき、つかの間の文化的な生活を享受するのだ。

図書館を探し出してエントランスのそばに自転車を停めた。
建物に入るときは、あえて人通りの多いエントランス付近に自転車を停めるのはチャリ旅の常とう手段だ。物陰にこっそり止めるより、荷物を取られる心配はかなり少なくなる。そうして自転車をおいたあと、水を飲んでふと目を上げて驚いた。おそらくまったく同じ思考回路の末に停めたのであろう、これまた風体が同じ荷物満載の自転車がエントランスの反対側の壁にもたれかかっているではないか。
「同じ旅の人間が図書館で涼をとっている!!」
すっかり嬉しくなってヘルメットとパソコンを手に持って中に入っていった。

そこで会ったのは台湾人のステンリーという男だった。
いかにもサイクリスト、といった格好をして、パソコンに向かってこれまでの旅の情報を記録しているところに挨拶をする。
ステンリーも相当に喜んでいるようだ。アジア人サイクリストに会うことはやはり稀なのだろう。
図書館だからそれほど大声を出せないのが残念だったが、ひとしきり会話を交わすとマップを持ち出して情報交換をした。お互い逆方向に走っていて、それぞれがこの先ほしい情報を持っているのだ。特に自分の場合はこの先に砂漠地帯のナラボー平原越えを控えていて、水がどこのロードハウス(簡易なサービスエリアのようなもの)で手に入るかという情報が生で聞けるまたとないチャンスである。
ステンリーはこれまであったサイクリストの中でもとりわけ情報量が豊かだった。町から町までの距離や高低差はもちろん、それぞれの街のスーパーの規模だけでなく、数か月も前に通過したはずの小さな町の無料シャワーの場所まで頭に叩き込んである。彼のマップには有益な情報が所狭しと書き込まれていた。

こちらが欲しいだけの情報をくれたステンリーは、さてじゃぁ次は僕の番だね、というようにメルボルンやシドニーに至る道の情報を聞いてきた。
ところが、こちらのマップには泊まった場所がどこかだとか、この道を通ったとかごくごく基本的な情報しか書き込まれていない。頭の中にあるのも、あの山地はキツかったよなぁ、とか、そんなことばかりで具体的なものは何一つない。ついには先日通過したばかりの街に小さなスーパーがあったかどうかすら答えられず、どうやらステンリーは有益な情報は得られないと判断したようで話題は別の方向へ進んでいってしまった。

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「やる気さえあれば素人でも大陸一周くらいできるのだということを証明できたらいい」そういうことをこのHPの「はじめに」の項でも書いた。でも、この姿勢で本当にいいのだろうか?「まぁ何事もなんとかなるさ」、そういう気持ちでこの先も進んで行っていいのだろうか?

・・この旅を終えるとき、自分のしてきた旅に自信を持つことが本当にできるだろうか――――

ステンリーと握手をして別れてから、いや別れる前からすでに、自分の中に芽生えた違和感をぬぐいきれずにいた。

「なんとかなるさ」、こういう姿勢でもできてしまうことだけをやり遂げて、後年そこにどれだけ価値を見出すことができるというのだろう。中途半端に知識や経験を身につけたって、結局あとには何も残らずそれゆえ自信も持てず誰の上にたつこともない。そしてそんな旅は決して誰の記憶にも残らない・・。
――俺は、そんな旅をしに来たんじゃない・・!!

ふと、タスマニアのヴィンヤード(ワイン用グレープのファーム)で一緒に長く働いていたホーンという男のことばが頭の中によみがえった。
そいつはどんなことも一生懸命やるやつで、仕事も遊びも全力投球、という竹を割ったような気持ちのいい男だった。そいつはいつかの仕事の合間に、俺にこういったのだ。

親父に幼いころから言われ続けた言葉があって、
その言葉が今も俺を支えているんだ。
親父はよくこう言ったよ。
どんなことでも、”どうせやるならプロになれ” ―――ってね。

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ステンリーやホーンにあって、俺に決定的になかったもの。
それはまさしく”プロになってやる”、という姿勢なのだろう。
社会人をやめて退路を経って旅に出て、それで何も残せず「いい経験でした」で旅を終えてしまっては、自分にも、応援してくれる周りの人たちにも、自分の決めた道に対しても失礼だ。もっともっと早く気付くべきだった。

この意識の改革を経ると、自然と”旅の後に進むべき道”も少し見えてきた。5年後、10年後の「あるべき姿」が少しでも見えると今取るべき行動も変わってくるはずだ。今後のオーストラリア大陸一周、そのあとの他の大陸でのサイクリングにおいても、この意識をベースにして走り抜けていきたい、今はそう強く思うようになっている。

(アデレード、戦争記念碑のある公園のベンチにて・2012年3月4日)

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『ポッサムと呼ばれた男』③ 南オーストラリアであった不思議な実話

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