ンなアホな!マレーシア、売春宿のあふれる町②

①の続き・・・

町外れに向かうと、情報どおり「Hostel」の看板が見えてきた。
平屋の建物で、道路に面して5つのドアが並んでいる。
よかった・・、多少市街地から遠いけど悪くはない。
受付を探そうと敷地の奥に入っていった。

奥へ進むと、扉が大きく開け放たれている。
みると老人たちが白いベッドに横になっているのが見えた。
どうやら、宿と同じ建物の奥半分は老人ホームのようだ。
世話をしている若い女性に「宿はあるだろうか」と声をかけてみた。
でも誰も英語ができないようで、会話が成り立たない。
周りのスタッフも集まってきて輪ができてしまった。

「ここのホテルに泊まりたい」という意思は伝わったようなのに、
スタッフの様子がいつまでもおかしくイマイチ要領をえない。
「部屋はあるんだけど・・ねぇ・・?!」という雰囲気だ。
部屋をチラッと見て、なぜか「ボーイ・・ガール!」と言っている。
そのうち一人のスタッフがしびれをきらして、
一部屋を思いっきりノックしてそのまま老人ホームへ戻ってしまった。

※※※※

窓がガラっと開いた。
部屋の主を見た瞬間にすべてを理解した。
ねっとりとした雰囲気の30代くらいの女性が、
ギョロっと目だけ動かしてこちらをじっと眺めているのだ。
「じゃぁ・・!!ここも売春宿!?」
先の2件がその手の宿だったとしても、これはまったく予想できなかった。
老人ホーム併設の売春宿なんて聞いたことがない。
ほかの4部屋もそれぞれ”主”がいると判断して、
さすがに宿探しはあきらめて町入り口の中級ホテルに入っていった。

※※※※※

夕食時に屋台の人と話をすると、
この町(Teluk Intan)はフィッシュファクトリーがあって
出稼ぎの男たちが集まる町だという。
なるほど、と一応納得した。

マレーシアを自転車で北上した約10日間のうち、
こういう経験をしたのはこの町だけなので誤解しないでほしい。

でも、一階部分が床屋やマッサージ屋で
2階部分が宿になっている中華系ホテルは、
覗いてみるとたぶん面白い体験が待っている・・だろう。笑
これもひとつの異文化体験・・かな?

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ンなアホな!マレーシア、売春宿のあふれる町①

んなアホな!
この日の出来事を思い返すたび、
どうしてもそう叫ばずにはいられない。

※※※※※

7月16日。
その日は190kmの長距離ライドを終えて、
目的の町Teluk Intanに夕方についたころにはヘトヘトだった。
さすがに体が重い。早いところベッドの確保をしたかった。

それでも目的地に着いたらいつもしているように、
まずメインストリート沿いに市内を自転車でまわって、ホテルのチェックをした。
結果、町の入り口に中級ホテル(おそらくRM100前後=約3000円)1件、
中心部に中華系の古いホテルを2件みつけた。
できれば予算の都合上、安い中華系の方がいい。
「~酒店」「~旅店」と書かれた古びた看板をみあげて、自転車を止めた。

そのホテルは2件とも一階部分は床屋や飯屋になっていて、
脇にある細く薄くらい階段を上った先の、2階以降がホテルになっている。
実は数日前にその手の中華系の宿に泊まったら
まんま連れ込み宿だった、という苦い(いや面白い?)経験をしていたけれど
「でも面白いし安ければ何でもいいか。」
そう思って、照明の無いきしむ階段を上っていった。

※※※※※

ピンクの照明が、開け放たれた各ドアから暗い通路に漏れている。
ドアの向こうでは艶めかしい下着姿の女性たちがイスやベッドにすわり、
通路を歩く男たちを誘っている...

値段を聞こうと気軽に上がった階段の先は
まさかまさかの、どこからみたって100%売春宿。
受付らしき机はあるけど人は座っていない。
暗い通路を、浅黒い肌をしたマレー系の男たちが歩き回って
ドアの向こうを物色していた。

予想しなかった光景につかの間動揺した。
けれど冷静になってみると、面白くってしょうがない。
なるほど、宿自体は出入り自由で女性と個別に交渉する仕組みか・・
観察もしたいけれど、しかし今はベッドの確保が最優先。
気をとりなおして退出、2件目の宿に入っていった。

※※※※

階段の先には丸々と肥ったおばちゃんが立っていたて目が合った。
その背景には、先ほどみたばかりのピンクな光景・・・
「またかよ!」
2件目もまったく同じ売春宿だった。
場違いなところに入り込んでしまった迷いネコを見て
売春宿のボスらしいおばちゃんは苦笑いだ。
「今日のベッドを探してるんだけど・・ここは違うようだね!?笑」
「ははは・・そうだね」
でもこのままじゃ、予算オーバーの中級ホテルしか残っていない。
会話の流れで聞いてみた。
「ほかに安宿しらない? 普通のがいいんだけど。」
「この道の先の町外れに一件あるよ。確か・・40リンギッドだ。」
「OK!ありがとう!」

売春宿のおばちゃんに宿を聞くのも変な気もするけど、
とにかく助かった。まだ見つけていない安宿があったらしい。
スマイルを返して売春宿をあとにした。

・・・②に続く。

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(回想録) タイ入国とマッサージ体験

※7-8月のマレー半島縦断の回想録です

2011.07.21
マレーシアからタイ国境、そしてハジャイ・シティーへ――

シンガポールからマレーシアに入るときは、
モーターバイクの群れに囲まれての入国だった。
これは冗談抜きに死ぬような思いをしたのだが、
実は必死すぎて入国のスタンプを貰わずに国境の橋を走り抜けてしまっていた。
「これ、もしかして出国時に問題になるかな?」
少し心配していたけれど、
やはりというかタイとの国境で問題になってしまった。

「入国のスタンプが見当たらないけど?」
受け取ったパスポートをめくりながら、イミグレの係員が質問を投げてきた。
「あぁ、そうなんだ。入国時に誰もスタンプを押してくれなくて・・ね?」
苦し紛れの”人のせい作戦”に効果はなく、
キミちょっときなさい、と別の建物に案内されてしまった。
別の係員も出てきてすこし物々しい雰囲気。。。

雰囲気に負けじと、
シンガポールの出国スタンプはちゃんとあること、
橋を自転車で渡ったことを係員に伝えると、案外すんなり納得してくれた。
今度はちゃんと入国スタンプももらって、ようやっとタイに入国だ。
(結局この入国スタンプも15日ルールを知らなくてあとあと問題になるのだが・・)
****

国境から60キロ走って、タイ南部最大の都市ハジャイ(HAT YAI)に到着。
タイに入ったら”ご褒美”として古式マッサージなるものを受けようと決めていた。
適当なホテルにチェックインして身支度を整えてマッサージ店に向かう。
マッサージ店はたいてい大きめのホテルに併設されていると聞いてる。
街中の1件のホテルに目星をつけて入ってみた。

「2時間の古式マッサージコース」を選択(240バーツ=700円ってとこ)、
受付を済ませるとすぐに大部屋に案内された。

****

部屋を一目見て、予想外の景色にたじろいだ。

そこには20人以上はいただろう、
大勢の若い女性がピンクの服を着て待機していて
怪しげな案内の男が寄ってきて「この中から選んでいいよ・・」と・・いうではないか。
部屋の雰囲気からしてイタダケナイ空気が漂っている。
うわ、しまった、こりゃ店を間違えたらしいぞ、と瞬時に気が付いたが支払いも済んでるしもう遅い。
こちらは古式マッサージとやらを受けてみたいだけでソンナ気は毛頭ないから、
「どう考えてもこの人となら間違った気は起こさないだろう」
そう思えるような(苦笑)、且つマッサージの上手そうな、
もっともご高齢のおばちゃんを選択してマッサージルームへ向かった。
(全体的にこのマレー半島の旅でこういうアクシデントが多かったのは、単に「安いとこ、安いトコ」・・と考えて動いていたからだ。。と思う)

****

軽い肌着に着替えてベッドに寝そべる。マッサージが始まった。
・・・そして始まって10分たらずで凄まじく後悔した。
おばちゃんのマッサージ、い、い、痛いのなんの!!!
古くから伝わる技法か何か知らないけど、リラックスどころではない。
「これはマッサージではない、”拷問”だ」
何度も痛さをこらえてこぶしを握る2時間だった。
最後のほうで「スペシャルコース・・やる?」
なんて聞かれたが、こっちはそれどころではない。
筋肉痛になりそうな全身を引きずりながら
逃げるようにホテルを後にした。

自分へのご褒美のつもりのマッサージは、こうして残念な”拷問体験”になって
翌日の筋肉痛となって自転車旅に影響を与えてくれたのでした・・苦笑

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面白いぞ、マレーシア!!

1000キロ走ってマレーシア・ペナン島までやってきた。
旅は順調そのもの、一日平均100キロ走ってるけど、
うまいもんたらふく食べて安宿でごろんと寝れば、翌朝はもうエネルギー満タン。
どの街も中心部に露店が深夜まで軒を連ねているから
寝る間も惜しんで憑かれたように街を歩きまわっている。
いろんな人種がいていろんな宗教があっていろんな食べ物があって
ありとあらゆるものが街中に溢れている。
・・これが、アジアか。
もう、面白くってしょうがない。

ネットカフェだと文章練る余裕もないので、以下は思いつきを書き出してみる

※※※※※

〔トイレに蛇口がふたつ〕
マレーシアに入ってトイレに紙がなくなった。
かわりに、紙のあるべき位置に蛇口があり、50cmくらいのホースがついている。
最初こそ「?」だったけど、すぐ納得した。
そかそか、これで洗えってことか。
中華系の超がつくくらいの安宿だと、蛇口すらなく、代わりに水ガメとひしゃくが置いてある。
”水洗”初心者には、ちと難しい。

〔ドリアン街道〕
道端にはこれでもか、これでもか、というくらいドリアンの屋台が点在している。
通り抜けるたびに、あの独特なにおいに包まれることになる。
キロ売りで、1キロ=1~3リンギット(30-100円ってとこ)。ちなみに首都クアラルンプールでは1キロ10リンギットだ。
道端の屋台のが断然安い。
面白いのは、マレーシア中心部にある首都クアラルンプールを境にして、
屋台の売りものががらりと変わった事だ。
南部はそりゃもうドリアン街道。
北部になるにつれて、バナナやマンゴーが姿を見せるようになった。

〔イスラムの礼拝〕
とあるホテルに泊まったときのこと。
窓をあけると、目の前に黄金のマロン・・じゃなくて、モスクの尖塔があった。
ちょっといやな予感。
イスラム教といえば1日5回の礼拝。
そして礼拝時モスクの尖塔から大音量で流れるあのミュージック・・。
予感は的中、
やっぱり夜明けにたたき起こされました笑
ホテルの客、みんなあれで起こされてるんじゃないの?
教訓:モスクそばのホテルには泊まらないこと。

〔食事が安いのなんのって〕
食事があまりに安くて夢のようだ。
街中のフードコートや屋台だと、だいたい一皿3-5リンギット。
100円~ってところだ。
どれも女性なら1皿で十分の量がある。

特に、どこでも屋台売りしてるのは「チキンライス」。
名前そのままにチキンとライスだけの食事で、3.5リンギット程度。
これにオレンジジュース(2リンギット)と超うまい特大肉まん(2リンギット)でたいてい腹いっぱいだ。
200円程度で屋台めぐり&食い倒れできる。

この食事についても、観光客の集まる中華街のメインストリートなんかは1.5割り増しで高い。
ひとつ路地をずらすとローカル用の屋台があるから、必ずそういう裏路地で食事をするようにしている。

※※※※※

毎日なにか新しい扉を開ける日々。
明日はどんな扉があるだろう。どんな経験ができるだろう。
せっかくの初のアジア旅だ、どんどんチャレンジしていかなきゃもったいない。
挨拶・笑顔・礼儀は忘れずに。
楽しんでこう!

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マレーシア - 雨のち、魚のうろこ

(以下は、マレー縦断中にUPしきれなかった回想録です。)

マレーシアに入国して8日が過ぎ、
容赦をしらない日照りの中を自転車にまたがる毎日が続いていた。
走っているうちは風がをうけて涼しいが、停まるとむわっと群がってくるような暑さ。
そんな日はつとめて、休憩の回数を少なくするようにしていた。
だいたい20キロこいで、木陰に自転車を止めて長めに休憩を取る、という具合だ。
この日は屋台で買ったマンゴーを休憩の度にほお張っていた。
これはそんな休憩中にであった、夏のひとコマ―――

※※※※※

休憩を取るにちょうどいい木陰を見つけて自転車をとめた。
道の両側に広々とした水田が続く中、ぽつんとやしの木が2本たっている。
その小さな木陰に身をかがめるように座って休みをとった。

ふとみると、やや離れた電線の上に鮮やかな青をまとった--日本のそれと変わらない--カワセミが止まっていた。
写真を撮りたい、ととっさに思ったが少々遠すぎる。
カメラを取り出すのはあきらめ、変わりにバッグからマンゴーを取り出した。

黄色く熟れた果実を頬張っていると、
そのうちバサッと何か真上で物音がした。
見上げると、その先にはなんと先ほどのカワセミ。
どうやら近くの水路で狩りを終えたばかりらしく、自慢の嘴に小さなフナをくわえている。
近くにきてくれたが、今度は真上すぎて写真はとれそうにない。
あきらめて、驚かさないようにただじっと動向を見守ることにした。

カワセミは魚を何度も枝に打ちつけはじめた。
飲み込む前に息の根を止めようとしているんだろう。
・・・と同時にパラパラと頭の上に何かが降ってくる。
黒く日焼けした腕の上に落ちたそれを見て、ギョっとなった。
それは何枚もの魚のうろこだったからだ。

まったく最近はいろんなものが降ってくる。
タスマニア島ではヒョウに降られ、
先日は初めてスコールに見舞われたばかり。
そして今度は魚のウロコだ。
まったく村上春樹の『海辺のカフカ』じゃないんだから・・

ウロコの雨がやむと、カワセミはさっと魚を飲み込み、
嘴を枝にこすり付けてキレイにしたあとどこかへ飛んでいった。

つまりたったそれだけのことなのだけど、
わずか10分たらずのこの出来事を妙によく覚えている。
あの鮮やかな青い翼が、記憶の中から飛び立ってくれないのだ。

マレーシアで出会った、暑い暑い夏の一コマだった。

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