水がくれた親切の心① ―ナラボー平原編最終話―

「WATER!」
そのとき、水がまったく足りず、背中にそんな張り紙をして走っていた。
ナラボー平原突破まであと300キロ地点、いまだ大平原のど真ん中である。
誰か停まってくれ・・そう思いながら20キロも走ったころだったろうか、ようやく一台の車が砂埃を巻き上げながら僕の前で急停車した。
「You are crazy guy…!!!」
オージーのご夫妻が車から降りてくるなり苦笑いでそういった。手には500mlの水を2本持っている。ありがたい、助かった…。とっさに手を合わせ、感謝の言葉を述べながらそれを受け取る。次の補給ポイントまで150キロもあるのに水がまるで足りないという窮地に陥っていた中、それは感謝してもしきれない救援だった。

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やってはいけない水不足になぜ陥ったのか・・事の顛末はこうだ。

その日は、午前中にロードハウス(ガソスタ兼宿泊所)に到着。
そこからは、40キロ先に大きなウォータータンクがあって水が補給でき、その先150キロは無補給エリアだという。予定としてはそのウォータータンクで水を積み、翌日夕方までに150キロ先までいこうと考えていた。ロードハウスで水を積まなかったのは、たとえ40キロでも、軽装で走って体力を温存したかったからだ。

ナラボー平原は町がない分、ハイウェイの所々に雨水をためるウォータータンクが設置されていて、誰でも好きに使っていいことになっている。問題はタンクがあっても水が切れていることがよくあるのだが、ロードハウスの従業員にそのことを尋ねると「あるよ」との返事。これまでの経験上でもどのタンクも水があったから、「大丈夫だろう」とタカをくくって出発した。

―――ところが、そう、これが無かったのだ。
確かに立派なウォータータンクはあった、しかしその蛇口をひねった瞬間に自分が薄氷の上に立たされたことを理解した。回しても回してもカラカラという音しか出ない。すっかり青ざめてしまった。偶然その場にいた車のドライバーが多少の水を分けてくれたものの、この先150キロ分にはまるで足りそうにない。

「誰かから水を分けてもらわないと自分の身が危ない・・。」
必死に頭をひねり、思い至ったのは「WATER!」と背中に張り紙をしながら走って車に助けを求めるという方法だった。これなら時間的ロスも少なくてすむ。いつかであったサイクリストが、似たようなことをしていたという話を聞いていたのが役立った。情報はなんでも集めておくもんだ。
そうして運よく、冒頭のように一台の車が救いの手をさしのべてくれ、なんとか150キロ先まで行ける水を確保したのだった。

―――ながくなりそうなので、②に続く

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「死ぬまで20代」宣言

最近顔の見えない記事が続いているから、ちょっと想いごとでも書いてみます。

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オーストラリアを走っていて、これまで各国・老若男女、いろんなサイクリストに会ってきた。自転車だけじゃなく、車やバイクで世界中を旅してるような人ともずいぶんあって路上で立ち話をした。どちらかというと40代以上の旅人が多かったにもかかわらず、彼らと話し終わると必ず必ず思うことがあるのだった。

それは、この一言。

「若いなぁーーーー!!!」

年齢の話じゃない。若いのはその精神だ。
面白いことを思いつき、それを人生レベルで実行している人は皆おそろしく精神が若々しいのだ。ここではそういう話をしてみたい。

先日通過したナラボー平原は面白い人間ばかりだった。
世界周遊のサイクリスト・アルベルトやNZ人のマーティンはすでに紹介したけど、実は10人近いサイクリストに会っている。不思議なことだけど、ナラボーにいると「自転車で世界一周」は何にも珍しくない。この1700キロの直線上に3人もいたからだ。日本人のササキさんという”定年後サイクリスト”にも会った。この人は細い体とは裏腹に、日本で100キロマラソン参加を連発する鉄人だった。

彼らには2つの共通点がある。
1つに、”面白いこと”に人生レベルで熱中するような人間は、たいてい雰囲気が似通っていることが多い。
つまり、彼らは物腰が柔らかく、笑顔が多く、決して多弁ではないが目は常に興味深々といった様子で話をする。

型にはまらない、面白い生き方をしている人の本やドキュメンタリーTV/映画にも、こういう雰囲気を備えた人が頻繁に登場する。ぱっと思い浮かぶのは、アラスカのカメラマンの故・星野道夫氏、カヌーイストの野田知佑氏、アルピニストの野口健氏、海洋写真家の水口博也氏・・数え挙げればキリがない。

2つめの共通点。これは面白いインタビューがあるので、それに代表してもらおう。

自転車に乗りながら聞いていた英会話ポッドキャスト「ナショナル・ジオグラフィック」のトーク番組でのインタビューだった。
登場したのは、今年のアラスカの犬ぞり横断レースで優勝した男性。もう40代のおっさんなのだけど、インタビュアーの「若い人たちに交じってレースに参加することはどう思うか」というイジワルな質問に、彼はこう嬉々として答えたのだった。

「何言ってるのさ、俺はいつでも16歳のつもりで人生を楽しんでるよ。」

「若いときの情熱を持ち続けていたい」・・
この類の人が必ず口にしている言葉だ。

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16歳は言い過ぎかもしれないけれど笑、
自分も、ニュージーランドでの1年やこのオーストラリアでの1年半のサイクリングライフを通して、この犬ぞりの男と同じようなことを思うに至っている。
それはつまり、

「死ぬまで20代の精神を持ち続けていたい」。

年齢は毎年増えてゆくけれど、それはやっぱりただの数字。
年齢風を吹かせて変に達観することなく
いつでもあぁしてみたい、こぉしてみたい、あれをやってみたいと
アンテナにかかる”面白いこと”にいつでもわくわくしていたい。

そんな風に過ごせたら、きっと人生は面白いんだろう。

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大草原の夕立がくれたシャワー

やはりはげしい雨になった。
待ってましたと、勢いよくテントの入り口をあけて外にでる。
衣服は身に着けていない。心配ない、ここは平原のど真ん中、どうせ誰もいやしない。
夕闇がせまる中、大粒の雨が体に弾けてバチバチと音を立てている。
両手を広げて天を仰ぐ。今日の汗が流れてゆく。
「なんて気持ちのいいシャワーだ――」
“ナラボー平原越え”の終盤、それは大自然が最後にくれた粋な計らいだった。

遠く夕立が見えたのは16:30ごろ、ハイウェイ沿いの木々がまばらに生える空き地にテントを張り終えてしばらくたったころだ。それほど遠くない空の向こうに雨の帯がみえ、雷も光っている。どうやら風向きからしてこっちに来そうだ。

「・・シャワーが浴びれるじゃないか!!」
自分でもおかしいのだけれどとっさに思ったのはそれだった。”ナラボー越え”の終盤とはいえ自転車の総重量はまだ50キロはある。100キロオーバーの走行が連日続き、シャワーなしのキャンプではつらい夜になりそうだった。夕立だろうがなんだろうが汗を流せるのは大歓迎だったのだ。

ところが、予想は外れてしまった。やってきたのは突風と砂嵐だったからだ。
雨雲本体を取り巻いている強風が、カラカラの砂を巻きあげたのだ。あたりはあっという間に「一寸先は砂嵐」。まるで予想外だったからテント内にも砂が舞い込み、整頓していたはずの内部はまるで廃墟のようだ。しかしやがて雷鳴とともに待望の大雨となった。砂の嵐は押さえつけられ地面に戻り、本当の嵐が轟音とともにあたりを取り巻くのだった。

雷鳴と雨粒が地面をたたく音につつまれ天然のシャワーを浴びる。
周囲はいまだ砂のにおいがたち込めている。
夕闇の中で、うなり狂った風のつよさ、滝のような勢いの雨粒のつめたさ、そんなのを感じながら天を仰ぎみる――、それはクライマックスにふさわしい、五感の冴えわたる瞬間だった。

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ハイウェイを走る”トンデモナイモノ”

オーストラリアのハイウェイには”トンデモナイモノ”が走っている。

そいつは自転車で大陸横断や一周を目指す者なら誰もが耳にする「サイクリストの脅威」だ。巨体のくせに時速100キロで走り、壁のような強風を連れてくる。「ボウンッ!!」と音がするほどのその風にバランスを崩して路肩に突き落とされた経験は一度や二度じゃぁない。接触して病院送りにされたサイクリストもいた。
ロードトレイン
(ロードトレインと記念撮影)

オーストラリアのハイウェイの名物。
そいつの名は”ロード・トレイン”という。

大陸中に散らばる都市を結ぶ長距離専門のその大型トラックは、2-3両編成の貨物をかかえ地鳴りのような音を立てて走る。ロードトレインとは言い得て妙な名前だと思う。日本の田舎をはしる2-3両の電車よりよっぽどスピードも迫力もあって、まさにハイウェイを走る列車のようだ。フロントには必ず「ルー・バー」というカンガルーを轢くことを前提にした牢獄の扉のような強固なガードをつけ、弱者を避ける気などさらさらないと言った面構えをしている。もしそんなのが運悪く前と後ろから同時にやってきたら、サイクリストなどなすすべがない。

実は一度だけそんな状況になってしまったことがある。前後からくるロードトレインと自分が、横一列に並びそうになったのだ。そのとき、後ろのロードトレインはなんと1キロ以上も手前からクラクションをけたたましく鳴らし続け、
「おい、そこの自転車、路肩に降りろ、俺は避けないぞ!!」
といわんばかりに威嚇してきたのだった。まさに王者の風格である。

ところが、だ。
ナラボー平原を走っていて、あるとき信じられない光景を目にした。
そのロードトレインが路肩に急停車し、前方からくる何かに道を譲ったではないか。
いったいなんなんだ、何が来るんだ・・・
そうして地平線に身を乗り上げやってきたのは、「ザ・オーバーサイズ」という見たこともないトラックだった。
そいつはその名の通り規格外の荷物を荷台に積んだトラックで、「OVER SIZE!!」と黄色い看板を掲げた先導車まで引きつれ、中央車線を完全にはみ出して、いやむしろほとんど2車線をつかって走るのだった。オーバーサイズこそ”ハイウェイ生態系のトップ”と言ってよさそうだ。すれ違う車はとまらざるを得ない。
オーバーサイズ
あるとき、先導車が前方に見えたので
「・・またオーバーサイズがくる!」
そう思って安全のため路肩に自転車を停めた。
そうして見た光景が忘れられない。
なんと地平線の向こうからやってきたのは、真っ二つにされた「家」だったのだ。
つまりオーバーサイズが2台で、それぞれ家の左半分と右半分を運んでいたのだった。

ロードトレインに、それをさらに上回る規格外のオーバーサイズ・・。
オーストラリアのハイウェイは、どうもサイクリストには優しい場所ではないようだ。

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ある日のテント・ナイト ~絶壁と南十字星の夜~

 オレンジ色に変わろうとする夕日にせかされながらキャンプ地を探していた。オーストラリア大陸南西部にあるナラボー平原は東西に一直線にハイウェイがのび、西に向かって走ると左手には大海原、右手には見渡す限りの草原が広がる。その日の走行が100キロを超えたころ、タイミングよく展望エリア(休憩所)のサインが見えて”チェックイン”する。

展望台の柵を越え、崖っぷちにテントを立てる。
ナラボー平原と海の境は崖だ。高さ50m以上の断崖絶壁が100キロ以上にわたって延々と伸びている。その絶壁を目の前にキャンプができたらどんなにいいだろう、と思ったのだ。
テントの中から入り口を開けると、絶壁の向こうに碧い海が丸い水平線をえがき、地図をみれば半径100km四方には民家すらない。
「どうだ、これ以上のロケーションは地球上探したってそうそうあるまい――」
残照のなか、満点をあげていい素晴らしいキャンプに気分が高まった。

 その夜、星をみるために外に出た。
風はあるが思ったよりは寒くない。
ロードハウス(ガソスタ)の明かりだろうか?背後にひろがる黒い地平線に、まるで淡いスイレンのように小さく光の花が咲いている。次のロードハウスは100キロも先のはず・・いったい何てところだろう。
天の川は白くにごり、オリオン座や南十字星がその河の中に一際くっきりと見える。じっと見つめていると闇に吸い込まれそうになるほどだ。冷たく激しい星空と漆黒の大地にはさまれ、立ちすくむような孤独感と卑小感を覚える。が、そこには不思議なほど安心感がある。いだかれる、そう言ってもいいのかもしれない。

今夜は風がやみそうにない。いつもは夜になるとぱたりと止むのに。
風がテントをたたく音を聞きながら寝袋に入り込む。
風の音、闇の広がり、ひしめく星たち・・
大自然のありのままの姿に畏怖を覚える――
それはきっと、本当にいいキャンプの証に違いない。

※リンク
「ある日のテント・ナイト」シリーズ①
野生動物のすぐそばで―ある日のテント・ナイト(2011年1月)

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