誰もが心配してくれる

震災が起きてから毎日テレビのニュース、新聞、yahoo newsを欠かさずチェックしている。
それらを見るたびに、心が重くなるのを抑えられないけれど、
それ以上に自分の国がどうなっているのかを知りたい気持ちを抑えられない。

日本から遠い南半球の果てにいて、自分にとっての東日本大震災というのは
それらメディアからもたらされるものがほとんどすべてだから
現実感を得るにはほど遠い。
けれど、ここタスマニア島の果ての港町で、いくつか貴重な経験をした。

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宿の主人、そこに滞在する各国の旅人、ファームの経営者やそこで働く人たち。
彼らはこちらが日本人だとわかると
誰もが日本の震災を心配し、君の家族や友人は大丈夫か、と声をかけてくれた。

買い物に行くと、スーパーに流れるラジオが
「日本が地震・津波・原発事故と大変な災害に遭っています。募金の窓口はー・・」と訴え、

タスマニアの新聞は、
震災から何日もたった今でも一面で災害の様子を扱い、たとえば昨日などは
タスマニア最大の土曜マーケットでバイオリン片手に募金活動をする日本人の少年の様子を、紙面一杯の大写真を使って紹介したりしている。

海外で暮らすほかの日本人のブログを読むと、
まさに世界中が同じような状態にあるのだろうと思える。
世界中からの祈りは、被災地にどれだけ届いているのだろう?
届いたなら、きっと想像すらできない大きな力になるだろうに・・。

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毎日リンゴを摘んでいると、
こんなことをしてていいのだろうかという思いがどうしても時折頭に浮かんでくる。
日本で苦しんでいる人がたくさんいるというのに・・、と。
旅などしていて、いいのか・・と。

でもその度に思い直している。
俺にできることは1つだ、この旅を思いっきりやり抜くことだけなのだ、と。

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つい先日のタスマニアの新聞に大きく載った写真は、印象的だった。
それは被災地を背景にランドセルを背負った女の子3人が、
満面の笑みでピースサインをつくっている写真だった。
その下にはこう書いてあった。
「それでも生活は続いていく――」と。

被災された方々が少しでも早く立ち直り、復興されることを、切に願います。
(少額ながら、オンラインでの写真販売で得た利益を全額寄付させていただきました。)

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あっぷるを摘んでます

なだらかな丘にあるリンゴ農園
そこには2mを超えるリンゴの木が列をなし、
まーーっすぐ丘の丘の向こうまで続いていた。
どこまで続いてるんだろ、と思ってしまうほどの広さ。
振り返って遠くに目をやると、両側を森に囲まれた小さな湾が広がっている――

リンゴピッキング、初日。
あてがわれた鉄製のハシゴは重たく、
カンガルーのポーチのようにぶら下げた大きなバッグにリンゴを放り込んでいくのだが
ひもが肩に食い込みこれがまぁ痛い痛い。

予想外の重労働が悔しく、うまそうなやつを見つける度、カゴに入れず口に運んだ。
赤々と熟れたそいつにかぶりつくと、甘い果汁が口に広がり、一瞬、疲れが吹き飛んだ。

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Doverという民家すらまばらな村のバッパー(安宿)に滞在して5日。

この村のアップルファームに毎朝8時に押しかけ、
「今日はピッカー(収穫する人)の募集はないか」「今日は欠員はでてないか」
と聞きまくっていた。
3日目くらいから農場主は俺をみて苦笑いするようになった。
「また来たの!」、と笑。
4日目に一人欠員がでたという情報が入り、
5日目は早朝07:30に押しかけて笑、ついに仕事ゲットとなったのだった。

自力で目標の「アップルピッキング」をゲットした、というのは何よりの自信になる。
久しぶりにハードに働いた今日は、ものすごく筋肉痛だけど、この疲れも心地がいい。

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アップルピッキングは儲かるという情報があるが、
実際はそう簡単ではなさそうだ。
今日は一日目で不慣れとは言え、1.5ボックスしか収穫できなかった。
歩合制で1ボックス=30数ドルになるので、
今日は10時間働いて50ドル(4500円くらい?)しかなかったことになる。泣

もちろん、作業に慣れてきて、さらにシーズン最盛期となれば
もっともっと稼げる・・ハズだ。

とにかく、旅の予算はすでに10万円を切っている。(!!)
リンゴで稼がないとなぁ。

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p.s..
アップルファームというのは、奇妙だ。
虫もいなけりゃ鳥の鳴き声さえ聞こえない。
どのアップルも虫食いなく、磨いたような美しさ。
宝石のようなアップルをおびただしくぶらさげた木々が
押し黙ったまま、列をなして丘の向こうまで続いている。
分かっちゃいるけど・・・改めてまじまじとみると、
アップルファームという空間は、ほんとうに奇妙だ。

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タスマニア・Doverの夜

タスマニア南部の町Huonville(ホ-ンヴィル)での仕事を終えて、
さらに南の村Dover(ド-ヴァ-)に移動した。

ここはメインストリートと呼べる繁華街もない、
ガソリンスタンドとカフェが数件あるだけの小さな小さな港町だ。

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移動した最初の夜、家族に連絡をとるために公衆電話まで出歩いた。

数件の店も民家も暗く静まり返り、
南極により近づいたからだろうか、
はりつめる様な寒さがフリースの上からしみ込んでくる夜だった。

歩きながらふと見上げると素晴らしい星空が広がっていた。
“世界で一番きれい”といわれるタスマニアの空気は寒さで凍てつき、
まるで時間が止まったかのような空間にいるようだった。
星空を見上げながら、どうしようもなく暗い気持ちが募っていった。

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被災した東北の人々は、
街が暗闇に覆われいつもよりよく見える星空を
いったいどんな気持ちで見ているのだろうと思っていた。

ブラウン管や新聞の向こうには、
夜空を見上げることのできる人、見上げる気持ちすら持てない人、
そして二度と見上げることのない人たちがいる。
でもまるで別世界をみるように現実感がない。
テレビを前にして、彼らの気持ちを察することすら憚られるように思えてならなかった。

それでも、「できることはなんだろう」と考えてみる。
無事を願う?募金をする?
・・どれも少し、リアリティにかけている。

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電話を終えて宿までの帰り道、ふと、
いま自分にできることは一つだ、と気が付いた。

それは被災した子どもたちがいつか大人になって
海外で働きたい・旅行したいと思ったとき、
海外の人たちの間で「日本人はいいひとばかりで仕事もしっかりやる」と
そんな評判がたっているように、
自分は自分の旅を精一杯やる、ということ。

挨拶と、笑顔と礼儀を忘れずに、
今は目の前にあることを精一杯やってきたいと思う。

自分のとった行動が、いつか何かにつながってゆくと信じたい。

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タスマニアの美術館 –MONA “the adult disney”

MONA

それは地上部のない、地下3階にわたって広がる美術館だった。

薄暗くだだっ広い空間には一般的な絵画は少なく、
その代わりに男性器の切り取られた男性像や、裸の女性が壁にぶつかる映像が延々と流れるモニターなどが無造作におかれている。

近代的な建物の中に、ある種異様な雰囲気が漂っていた。

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MONAという現代美術館に行った。
タスマニアの州都ホバートから車で20分ほどの河口沿いの丘にたつその美術館は、これまで見てきたどの美術館よりも見ごたえがあった。
“性”を扱う展示内容の多さは非日常に身を置く雰囲気を高め、またしゃがんだり回り込んだり引っ張ったりと、参加型の美術空間はまさに”アダルト・ディズニー”の形容にぴったりだった。

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地下3階の一番奥の展示を前にして動けなくなった。
布きれでできた女性が仰向けに横たわり、手をついて上半身だけかろうじて起こしている。表情はないけれど、大きく開かれた口は言葉ではない何かを吐き出しているようだった。周囲の景色は、一言で言えば「闇」だ。
人生上の無数の選択肢の前で、立ち往生している閉塞感をこの女性に感じた。
・・なぜか、その女性を前にして少しほっとする自分がいた。

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「MONA」はエントリーフィーは無料、入場者全員にアイフォンのような機器とヘッドフォンが貸し出され、好きな時に展示物の説明を読んだり聞いたりできる。バスでも行けるが、ホバートから専用のフェリーも出ている。新しい美術館で知名度は低いけれど、これからタスマニア観光の上位に入ってくるだろう。面白い経験だった。

HPはこちら。MONA -Museum of old and new art-

追記:2回目訪問時の感想はこちら(写真もいくつか載せています)

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ぶるーべりーを摘んでます

「起きてる? 今日から仕事だよ、あと5分で出発だから準備して!!」

俺のテントをバンバン叩きながら、Little Devil Backpackersの主人が大声をあげるから、寝袋にくるまってまどろんでいた自分は飛び起きてしまった。

でも、やった、仕事だ。やっとファームジョブにありついた。
それにしてもあと5分って・・、そりゃいくらなんでも急じゃない!?
うれしさとこんな状況のおかしさで、思わず笑ってしまった。

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オーストラリアのファーム・ジョブは、
その多くは旅人向けの安宿(バッパー)が旅人にあっせんする形をとっている。俺は自力での”就活”をあきらめ、その手の宿の庭にテントを張って仕事が始まるのを待って、数日間成すすべもなく過ぎたところだった。

顔も洗わず、昼食にとクラッカーとチーズだけ持って送迎の車に乗り込んだ。同じ宿で斡旋を待っていた3名が乗っていて、どこに行くのかと聞くと「ブルーベリーファーム」だという。

肌寒い森の中の谷間の、ベリーの木が規則正しく並ぶ農場についたのは朝の10時。ごくごく簡単な説明だけ受けると持ち場となるベリーの木の列をあてがわれて、さっそく仕事が始まった。

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腰に小さなバケツをぶらさげて、
それにブルーベリーがたまったら小型のプランターのようなボックスに入れていく。給料は歩合制、1キロあたり3ドル計算で、1ボックスはおよそ3キロ入る。つまり1ボックス満タンにすると9ドルの収入らしい。
2週間前から働いているというアメリカ人の女性に聞くと、一日15ボックスくらいできればいいほうという。
まぁ、1万円相当の日当が出れば御の字、ということだろう。

結局初日は9時から4時半まで、同じく初日というキムという男としゃべりながら忙しく手を動かして、8ボックスだった。日当70ドル弱といったところか。ちょっと少ないなぁー、まぁ初日だしなぁーと思いながら帰ろうとすると、農場主がおかしなことを言い出した。

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「明日から3日間雪だから、こなくていいよ」
というのだ。い、今、オーストラリアは夏だけど・・!?
そう思って耳をそばだてても、はやり聞き間違いではなく
この辺(タスマニア南部)は明日から山間部は雪、平野部はシャワー(弱い雨)が降るという。

今年はオーストラリアの農業にとっては雨や災害が多すぎて「はずれ年」と旅人の間ではよく言われている。「雪」の予報に、はずれ年の真っただ中にいるのを痛感して、帰途についた。

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ということで、しばらく安宿にとどまりブルーベリーファームで働くことになった。3月中旬からは運よく、リンゴの収穫の仕事(ベリーよりは儲かる)が見つかっているので(日本人情報網のおかげです、友人に感謝)、タスマニアにリンゴシーズンの終わる5月まで留まることになりそう。

それにしても、雨で仕事のない日の暇さといったら・・
ここは地の果てのタスマニア島の、さらに果ての田舎街(村?)なのです。まぁ、ゆっくり英語の勉強できるから、暇な時間も使いよう、なのかな。

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