『ポッサムと呼ばれた男』② 南オーストラリアであった不思議な実話

(based on the true story..)
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「妙なことがあるもんだ・・」
マレー河中流に大きな農場を持つジャック・ヒギンズは頭を捻っていた。
放牧していた羊のうち数頭かが、誰かに手入れされているのだ。
家族や雇っている者に聞いても「そんなことはしていない」という。
古くなったフェンスにしてもそうだった。
いつの間にか修理されるのだが、名乗り出るものがいないのだ。

ところが後日、近くの町に住む友人にこの話をしてみると
「そういう話なら知ってるぜ。」
そんな答えが返ってきてジャックを驚かせた。
何でもこのあたりじゃ有名な話で、”不審な男”の目撃情報がここ数年跡を絶たないという。
ある者は湖畔でのキャンプ中にばったり出くわし、声をかけると返事もせず去っていったといい、別の者は町から遠く離れた河原で釣りをしていて、河を泳ぎわたる裸の男を見たという。
ほかにも”木に登っている男”や”農場内を歩き抜ける男”も目撃されている。
証言の中の男は日焼けした肌に比較的たくましい体、人を避けるような不審な行動をとる点が一致していて、どうやら同一人物らしい。
その男は中流の町々を結ぶ河原や森を移動しながら生活しているようだ。

当然、よくない噂も立っていた。
「どこか別の州で罪を犯して逃走しているんじゃないのか」
「~~事件の逃走犯が潜伏しているらしい」・・
しかしどの噂も確証はない。
それどころか人に危害を加えたと言う話はまるでなく、
放牧された羊の手入れをしたり壊れたフェンスを治す姿もよく目撃されているという。
友人の話を総合するに、どうやら悪い人物でもないようだった。

「―― 人との交流を避けるようにして、自然の中に暮らす男がいるようだよ――」
友人の言葉を思い出しながら、ジャックはその”不審な男”に自分でも奇妙なほど興味を抱いていた。
いつか機会があれば話してみたい―――
それは、そう遠くない出来事のように思われた。
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ポッサムと呼ばれた男②

バシャッ、と勢いのいい音とともに水しぶきがあがる。
使い込んですっかり茶色くなった投網を引き上げると、いつものように数匹の鯉が川岸に跳ねた。
30cmはある良型もいる。
ジムはすばやく頭と尾を落として血を抜く。そうしないと鯉は泥臭くて食べられないからだ。
この国の先住民もそうしていたというのをいつか拾った雑誌で読んだこともある。
いずれにしても、ジムがこの20年何度も繰り返してきた調理法だった。

ジムはこの川沿いの土地を気に入っていた。
魚ならいくらでも捕れるし、森にはカモやウサギもたくさんいる。
いつのまにか自然の中に友達もできた。
小鳥たちに小魚をやり、ある川岸ではペリカンがそばにやってきては魚をせがんだ。

何よりも、人の近寄る気配がほとんどないのがいい。
ジムは町に近づくことはもちろん、人と会うことや話すこともこの20年ほとんどしていない。
必要なものはすべて自然の中にあるのだ。
しかし、塩とマッチだけはどうしても代用が利かず、
人のいない時刻を選んで牧場の作業小屋などでそれらを必要な分だけもらい、その代わりに薪を割るなどして迷惑料としていた。

それでも、年に数回はばったり人と出くわし、ときには話もした。――もっとも話しかけれられて仕方なく、だったのだが。
自ら話かけはしないものの、聞かれたことは正直に答えた。なに、隠す理由もない。
ニュージーランドから来たこと。仕事がもらえず破産したこと。今はこうして自然の中で一人で暮らしていること・・。
この土地の人間はおおらかで優しいようだ。
こちらが危険な者でないと分かると、握手を求め、誰もが差し入れを申し出てくる。
ありがたいことだが、それもすべて断ってきた。一度受け取ると、自分の中の大事な何かが崩れてなくなってしまいそうな気がしたからだ。

それにしても――とジムは思う。
「ジムと呼んでくれたらいい。」
名を聞かれる度にそう答えているにも関わらず、どうも地域の人々の間では、別の妙な名前で呼ばれているようなのだ。

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