『ポッサムと呼ばれた男』① 南オーストラリアであった不思議な実話

南オーストラリア州 (SA,South Australia)――
茶色くくすんだ牧草地とかん木が延々と広がるその土地は、
「オーストラリアで最も乾燥した州」と言われている。
そんなSA州にもマレー河という大きな河川が横たわり、
ニューサウスウェールズ州・ヴィクトリア州・サウスオーストラリア(SA)州と3州をまたぎ流れるその河は、
上流から下流にかけて多くの街を発展させ、人々の生活を支えてきた。

WWOOFという、ファームステイの制度を利用して
マレー河中流の小さな町の農家に2週間ほど滞在していたときのこと。
ホストマザーが1冊の本を片手に、実話だと言って面白い男の話を始めた。
本の名前は、「A Man Called Possum」、=ポッサムと呼ばれた男。

舞台は古き良き1920~80年代のSA州。
半世紀にもわたり、たった一人で家もお金も持たずに過酷な自然の中に生き抜き、
そして人知れず歴史の中に埋もれていった、一人の男の物語だった。

a man called possum
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(based on the true story….)

港についた船から見下ろす景色は、男の母国のそれとは大きく違っていた。
母国では当たり前の青々と茂る牧草地の代わりに、目の前には枯れ果てた草原が横たわっている。
デッキは照りつける太陽の下ですべてが熱を放ち、男は握ろうとした手すりの熱さに驚きながら、見慣れぬ景色に目を奪われ続けていた。
男の名は、デイビット・ジェームス・ジョーンズ(愛称・ジム)。
若き羊飼いであったジムは、オーストラリアの南の州で羊毛刈りの職人が不足していると聞き、たった一人で故郷であるニュージーランドの南島からやってきた。
時は1928年、まだ27歳になったばかりのころだ。

ほんの少しの衣類と、毛刈り用のはさみ――これがジムの持ち物すべてだった。
それらを小さなスーツケースに放り込み、意気揚々と馬車に乗り込む。
向かうはマレー河というこの地域随一の河川の中流にある大きな街だ。
職人としての腕には自信がある。
国は違おうとも、羊毛刈り職人の仕事さえ取ればうまくやっていける・・
わき上がる不安と期待は馬車の振動で混ざりあい、不思議な興奮をジムに与えていた。

ところが事態は思わぬ方向へ進んだ。
「組合にライセンス料を払ってない者には仕事はあげられん。」
どこを訪ねてもこう言われて追い払われてしまうのだ。
どうやらこの国の羊毛産業は大きな組合が取り仕切り、そこへ登録をしない限り仕事がまわってこないようだった。
しかし身一つで来たジムに、多額のライセンス料を払うほどの資金はない。
ジムは失望した。
確かにお金も住所もないが、これがはるばるやってきた男に対する態度だろうか。

空腹が毎晩のように闇とともに彼を襲い、燥感と失望感だけが募っていった。
やがてもっていた最後のお金も尽きると、
隣国に対して、そして自分の新たな人生にかけてきた大きな期待は、耐えがたい絶望となってジムを襲った。
強い人間不信に陥ったジムは決意する。
誰にも頼らず、誰とも話さず、一人で生き抜こうと・・・
こうして男は一人、茶色く濁る河沿いの森の闇に、静かに姿を消していった。

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