2011年1月27日~2月3日までの8日間を通して、
クレイドルマウンテン・レイクセントクレア国立公園の「オーバーランド・トラック」を歩いてから
何度その感想を書こうとノートパソコンに向かおうとしただろう。
でもそのたびに、止めてしまった。
正直なところ、どう書けばいいのか何日もたった今も悩んでいる。
どんな言葉に置き換えても、8日間の鮮烈な体験を正確に表現しうることができそうにないからだ。
もうこの国にきて、3度も自分の中の自然のスケールが塗り替えられている。
1度目はシドニー近郊のブルーマウンテン、2度目はコシウスコ山、
そして3度目はこのオーバーランドトラックだ。
今まで26年間培ってきた自然観が、たった2か月で3度も入れ替わった。
この事実をどう噛み砕けば、自分を納得させることができるというだろう?
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オーバーランドトラックは、これまでのどの自然よりも原始的で、そして圧倒的だった。
巨石を荒々しく積み上げたようなクレイドルマウンテン、バーンブラフ、州最高峰マウント・オッサ・・・
聖地のようなこれらの山頂に立ち、悠久の原野と湖沼の広がりを前にすると、
ただ「あぁ、そうなのか」と、ただそこに在り続けるものにひれ伏すような感覚があった。
そして大河のような時間が流れる森の中で、ひっそりと暮らす生き物たちをみた。
草原にはカンガルーやワラビ―が草を食み、湖畔にはウォンバットが子どもをポーチ(有袋類の袋)に入れて悠々と歩いていた。
朝日が昇る凪いだ小川に、音もなくゆらゆらと泳ぐカモノハシを見た。
旅の7日目には、メインルートを逸れて4時間歩いた先にある秘境「ラビリンス」の谷にかかる
薄くとも、しかし確かな虹をみた。
今思い返せば、それらすべてが大河のような悠久の時間の流れにのり、
その土地も含めて一つの「いのち」を形作っていたように思えてならない。
俺が8日間でみたものとは、いのちそのものではなかったか。
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話は少し変わるけれど、尊敬する写真家・星野道夫氏は著書『旅をする木』の中でこんな言葉を紹介している。
ある日、友人と夜の氷河に星空を眺めた時の会話だったという。
「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。
こんな星空や泣けてくるような夕日を独りで見ていたとするだろう。もし愛する人がいたら、
その美しさやその時の気持ちをどうな風に伝えるかって?」「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いてみせるか、
いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。」「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって・・
その夕日を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」――
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ユーカリの原生林を歩きながら、何度この部分を思い返しただろう。
言葉ではこの体験のすべてを伝えられない。
今の自分では、写真でも伝えきることはできない・・
人は表現不可能な自然を前にすると、それを心に刻みつけ、
生き続けていくほかにどうすることもできないのだろう。
そしていつか人生で大きな選択肢を選ばなくてはならないとき、
刻みつけたその風景が、確かな道を歩ませてくれるに違いない。
きっと、何かにつながってゆくに違いない。
タスマニアの世界遺産でのトレッキングは、間違いなく
今後の生き方に確かな影響を与えてくれるように思っている。
※旅のルート更新
※アーカイブに「旅立ちの日」追加
※写真大幅に追加