①の続き―――
ナラボー平原では、数えきれないほどの親切を受けてきた。
①はそのほんの一例だ。ナラボー関係の記事を締めくくるにあたって、この「親切」について書き記しておきたい。
いったい何度、「ありがとう」という言葉を口にしただろう?
たとえばレストエリアで休憩しているとき。かならず誰かがやってきては、「水は十分あるか?」と聞いてくれた。缶ジュースや野菜の差し入れまでいただいたこともある。
また、すれ違う車から受け取った応援は数知れない。
多くのドライバーが車から手を出し親指を立てて「がんばれよ!」と合図を送り、クラクションを楽しげに鳴らして応援してくれた。あのロードトレインでさえ、まれに重低音のクラクションを派手に鳴らして、こちらを愉快な気分にしてくれた。
多くの人が一人のサイクリストを気遣い、声をかけてくれた。
道端でもらったその小さな心遣いには、感謝してもしきれない。
自転車でのナラボー平原横断は、過酷だ。
1700キロのうち中心部の1200キロは町すらなく、太陽と空と草原以外なにもない空間を3週間走り続ける。視界に入る動物と言えば轢かれて最後を遂げたものばかり。会話もなく、暑さや風と闘いながらもくもくと走るだけのサイクリングはさながら”瞑想”であって、決して「楽しい」なんてもんじゃない。「殺伐」「過酷」・・そんな言葉こそしっくりくる。
けれど、自然が過酷であればあるほど、人間というのは他人に親切になる。
助け合うのが当たり前の行為になる。
1700キロの日々を思い返すにつけ、そう思わずにはいられない。
ナラボー平原というのは、木1本すらないその平原の姿そのもののように、人が心にため込んだ余分な木々を払いのけ、その地平線をぐっと広げてくれる・・そんな場所なのかもしれない。
今にも落ちそうな夕日に追われ、くたくたになって走っているとき、その1キロは地獄のように長い。けれど、誰かの「水は十分ある?」というその一言が、次の1キロを1mにさえしてくれる。ナラボー平原での「親切」は、まさに水そのもののように、心身に深くしみ渡るものだった。

ありがとうと言った回数とありがとうって言われた数は同じって聞いたことがあるよー。
そんだけちるじろうがいろんな人を支えてきたから今支えてもらえるんだね(^-^)/
うーん、言われた回数は断然少ないけどね笑、とくにこうやって旅をしていると。もらってばっかり。
何らかの形で恩返しは必要だなぁとよく思います^^;